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0013:華原 朋美と睡眠薬中毒に関して
先日、再び華原 朋美が倒れた。 収容された病院の発表や、報道等によると、どうも華原 朋美は睡眠薬中毒であるらしい。 私にとって、これは看過出来ない問題である。 なぜか。 それは、私自身が睡眠薬中毒であるからである。
話は過去へさかのぼる。
あまり自己の事は語りたくないのだが、私は先頁で述べた通り、大学受験に失敗している。 それは、まあ、俺のおつむが足りなかったからと言うのもあるが、不安神経症という、恐ろしくどうでもいい病におかされ、それに不眠症も重なり、試験で実力(あったらの話だが)が出せなかったせいもある。 で、大学進学断念後、私はぬけがらの様になり、家でぷらぷらしていた。 この間は、何も悩む事がないので、実にお気楽であった。
だが体には、この時飲んだ薬に対する依存性が出来上がっており、なんでもないのに、薬を飲み続けなくてはならなかった。
そして、それから私は、まあ色々あって、現在に至るのであるが、先述した通り、現在私には強いストレスがかかっており、ま、神経症やうつ症状などは、なんとかなっているのであるが、この不眠症だけはどうにもならず、睡眠時間が5時間を割っていても、睡眠薬をストレートのウイスキーで飲み干さねばならないありさまである。(しかも、これでも寝れなかったりする。)
とかく、この睡眠薬という代物は、他の安定剤や、抗うつ薬に比べ、中毒性が格段に強い。 一度常用すると、なかなか抜け切れず、とても辛いのである。
話を、華原 朋美に戻す。
私と華原 朋美との出会いは、かの伝説番組、「天使のウブゲ」である(爆)。 この番組には、色々と思い入れがあり、語り出したら止まらない(笑)のであるが、 今回は、割愛する。
当時私は、純情な青年で、この番組を、Wコウジ司会の、バラエティー番組として見始めた。 この番組で群を抜いていたのは、水野あおいと、遠峯ありさであった(爆)。 (余談であるが、私はこの時、この水野あおいにバッチリはまり、この世界へと足を踏み入れた経緯がある(^_^)。ほっといてくれ。)
知らない人の為に説明すると、この遠峯と言うのは、現在の華原である。 当時は、完全なB級アイドルで(アイドルか(笑)?)、エロ雑誌で水着姿をさらしており、ま、脱ぐのも時間の問題かってな状況であった。
とーみねは、この番組で、生来の極悪ぶりを見事にさらし、光り輝いてさえいた。 そして番組は終了し、ま、とーみねも他のB級アイドルと同様、脱ぐか消えるかかと思っていた。
そんなある日、なんとあのとーみねが当時日の出の勢いであったコムロ氏のプロデュースを受け、歌手デビューするという、メガトン級のビックリ話が舞い込んできた。 当然、我が耳を疑ったがこの話は事実で、ご存知のとおり、とーみねは、華原 朋美としてデビューして、あれよあれよとスターダムにのし上がっていった。 ”過去”を知るわしらとしては、当然のごとく、これを「あのとーみねがねぇ。」と言う冷笑とともに見ていた。 現に、私などは、頑として華原とは呼ばず、とーみねと呼び続けた。
このまま彼女はコムロファミリー内でうまくやっていくのかと思っていたら、一時200万枚を突破したセールスは徐々に下降線をたどり、3枚目のアルバムに関しては、30万枚というありさまであった。 また、コムロ氏とも別れた狽ニ言う話が入ってくる。 わしらの間では、「とーみね、今度こそ消えるのか?」とわき上がっていた。 元々好感など持っていないのであるから、ざまあみろと言った気持ちもあった。
そして、年明けに、例のガス中毒事件が起こる。 「こりゃもう決定的だね。」と言うのが、大方の見方であった。 だがしかし、華原 朋美は、コムロ氏との別離の後、事務所、レコード会社を移籍し、再スタートをきる事になった。 俺は単に、「とーみね、しぶといなぁ。さすが(爆)。」などど思っていた。
その矢先、今度は、自宅マンションのロビーにて倒れ、病院に運ばれる。 私はこの話を聞いて、「ああ、やっぱりね。」と思った。
はっきり書くが、彼女には、(コムロ氏もそうだが)”薬物中毒疑惑”言う物があった。 ここで言う薬物とは、覚醒剤や、麻薬等、禁止薬物の事である。
これは、遠峯時代からあった話で、現に、外国から帰国した彼女のマネージャーの荷物から、大麻が発見された事もあった。(コムロサイドは、必死でこれをもみ消し、ワイドショー等には取り上げられなかった。一般紙にはキッチリ載ったが。)
そう言った事前知識があったので、この報を聞いた際、俺は、”禁止薬物の中毒”で倒れた物と考えた。 だがしかし、病院側の発表や、報道等をみると、尿からは薬物(これは禁止薬物の意。)反応は出ず、睡眠薬等の”薬物中毒”との事であった。
この話を聞いた途端、私は、とーみねに対する思いが、180度変わった。
なんと、冷笑の対象でしかなかった人物が、自分と同じ”痛み”を抱えていたとは!
私は強いショックを受けるとともに、とーみね、いや、華原さんがかわいそうでならなかった。
彼女は彼女なりに悩んでいたのである。
考えてみれば当然である。前述した経緯から、周囲からは、常に冷笑を持って見られていたのである。 そんな中で、結果を出さなければならなかったのである。 私などとは比べ物にならない莫大なストレスがかかっていたに違いない。
私は、一体何をやっていたのか。
愕然たる思いの中、彼女をなんとか救えない物かと考えた。 同じ痛みをもつ人間同士、話がつながるのではないか。 だがしかし、悲しいかな、私と華原さんの間には、絶望的な差がある。
私は、ただの子役まにあであるが、彼女は落ちたとは言え(失礼)、芸能人である。 話など出来るはずがない。
私は、今後、はがゆく、じれったい思いで彼女を見続けなくてはならないのか。 これが私にかせられた業だと言うのか。 あまりにもむごすぎる。
最後に、華原さんに今後、より一層の繁栄が訪れる事を願って、この頁を結びたい。
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